吉沢恋さんは、スケートボードの日本女子代表です。
中学生ながらに女子とは思えない技を繰り出す
吉沢恋さんのwikiプロフィールや経歴をお届けします。
また、家族構成やスケボーを始めたきっかけ、
大けがを乗り越えた話までたっぷりお伝えします。
吉沢恋のwikiプロフィール
- 名前 吉沢恋(よしざわ ここ)
- 生年月日 2009年9月22日
- 年齢 14歳(2024年7月現在)
- 出身地 神奈川県相模原市
- 所属 ACT SB STORE
吉沢恋さんは、2024年現在相模原市立小山中学校に通っています。
中学3年生で修学旅行にも行ってきたそうですよ。
吉沢恋の家族構成は?両親の職業は?
家族構成は4人
吉沢恋さんの家族構成は
- 父親:吉沢功さん
- 母親:吉沢しのぶさん
- 兄:吉沢心さん
- 吉沢恋さん
の4人家族です。
父親は介護職に転職
吉沢恋さんの父親吉沢功さんは、
- 介護職
- 59歳(2024年現在)
です。
もとは保育士をしていたという吉沢功さんですが、
娘・吉沢恋さんの練習へ付きそうために
転職したといいます。
介護職の方が、時間に融通が利くからだそうです。
まだ中学生女子である娘を一人で行き来させることは
心配だったのでしょう。
海外遠征費も半額は自己負担だという話です。
円安のため、それだけでも大変ですが、
もちろん、国内での大会にも移動しなくてはなりません。
お金の面は大変です。でも、子どものためですから
そう吉沢功さんは、明かしています。
吉沢恋さん所属のACT SB STOREは
地元のショップだとのことです。
地元で応援して貰えているのですね。
パリ五輪に出場することで吉沢恋さんに
新しくスポンサーが現れるかもしれませんね。
母親は保育士
吉沢恋さんの母親吉沢しのぶさんは
- 保育士
- 46歳(2024年現在)
です。
吉沢しのぶさんについては一般女性なため、
わかっていません。
しかし、吉沢恋さんを大切に育てたことは
わかっています。
「インタビューは初めてで……。よろしくお願いします」と丁寧に返事をされた。
引用元:読売新聞オンライン
吉沢しのぶさんと吉沢功さんが
娘をきちんと育てたことがわかる話ですね。
アスリートの母親はすることも心配事もたくさんあって
大変だと思います。
長男の心さんのことも考えている
素敵な母親ではないでしょうか。
吉沢恋の経歴!スケートボードを始めたきっかけは?
経歴(戦績)
吉沢恋さんの戦績です。
- 2021年日本スケートボード選手権5位
- 2022年日本オープン8位
- 2022年ストリートスケートボード ローマ大会6位
- 2023年アップライジング東京2位
- 2023年パリ五輪予選ローマ大会9位
- 2023年パリ五輪予選ローザンヌ大会4位
- 2024年パリ五輪予選上海大会3位
- 2024年パリ五輪予選ブダペスト大会優勝
(パリ五輪出場権獲得)
スケートボードを始めたきっかけ
吉沢恋さんがスケートボードをはじめたきっかけは、
兄・吉沢心さんがスケートボードをしていたことからです。
吉沢心さんと近所の公園にあるスケボーパークに
連れて行かれた吉沢恋さんが
自分もやってみたい
と始めたのだそうです。
7歳の時でした。
吉沢心さんは、遊びとしてスケボーをしていたので
選手にはならなかったという話です。
その後は、パークに来る人から教えて貰って
滑っていたといいます。
そして教えて貰ってできるようになっていた技が
五輪でメダルを取れる技だと知ったことが
吉沢恋さんをパリ五輪への道を歩ませました。
小学6年生でやめるつもりだった
吉沢恋さんは、
スケートボードをするのは小学6年生まで
と考えていたといいます。
しかし6年生の時に吉沢恋さんは
日本スケートボード選手権で5位、
半年後の日本オープンで8位に入賞しました。
そのため、吉沢恋さんはスケートボードを
続けることになったそうです。
大会に出ていなかったら、6年生(スケボーを)やめてたかもしれない
引用元:OLYMPICS
負けず嫌いな性格
吉沢恋さんは、とても負けず嫌いで
練習も泣きながらでも止めないといいます。
そんな吉沢恋さんですが、スケートボードのことを
なんでみんなこんな辛いことやってるんだろうなって不思議でした
引用元:OLYMPICS
と思っていたそうですよ。
しかし吉沢恋さんの練習時間は
平日は3~4時間、土日は6~7時間ぐらい頑張る
という話があります。
辛くても達成感が大きいのかしれませんね。
大けがをのりこえて
吉沢恋さんは大けがをしたことがあります。
2023年9月パリ五輪予選ローマ大会で
あたまを強く打ってしまったのです。
硬膜外血腫で1週間の入院と1カ月のローマ滞在
を余儀なくされました。
この時、ローマには母親の吉沢しのぶさんが
駆けつけたそうですよ。
両親は医師から「体は大丈夫でも心のケアが必要になるかもしれない」と伝えられていた。
引用元:読売新聞オンライン
吉沢恋さんは、怪我をしたときの記憶がないため、
怖いと思うことはなかったと明かしています。
むしろ、早く滑りたいという気持ちが強かった
そう吉沢恋さんは語っていました。
パリ五輪に向けて
パリ五輪では、
一番見てほしいのはミスをしないところ。相模原をもっと有名にしたい
と語っています。
また、
誰かを気にするのではなく『戦うのは自分』と思って、
120%の力を出してオリンピックで1位とれるようにがんばります。
と意気込みを明かしました。
追記:オリンピックで金メダル
吉沢恋さんは、パリオリンピックスケボーで
見事金メダルに輝きました!
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